さて・・・場所を変えよう。

柳洞寺石段前に一番乗りで到着したのは間桐臓硯と慎二そして彼らのサーヴァントであるアサシン『ハサン・サッバーハ』、偽アサシン『佐々木小次郎』。

「かっかっかっ、どうやらワシらが最も速く到着したようじゃの」

「はいお爺さま」

「慎二、お主は入り口を守れ。わしとアサシンで『大聖杯』を頂くとする」

その時、後方から声がする。

「そう上手くいくかな?マキリの魔老よ」

その声と共に姿を現したのは『聖杯戦争』監督役でありながら、サーヴァントを従えた言峰綺礼、そして彼のサーヴァントであるランサー『クーフーリン』と前回のアーチャーである英雄王ギルガメッシュ。

「ほう・・・もう着きおったか」

「当然の事。私としては『聖杯』は凛か衛宮士郎に渡したいと考えている。それを蛞蝓以下に渡すほど酔狂ではないのでな。ランサー、ギルガメッシュ、マスター諸共アサシンを滅ぼせ」

「ふん、余興としては興ざめだが前座として我慢するか」

「けっ、こんな金ぴか馬鹿と共同戦線何ざ気に食わねえが戦えるだけましか」

そう言って一歩進むランサーとギルガメッシュ。

「小次郎、向こうはやる気満々だ。お相手しろ」

「承知」

「アサシン、お主も加勢せい。さしもの剣豪も二対一では分が悪い」

「かしこまりました魔術師殿」

こちらも二人のアサシンが前に進む。

そしてそれぞれ得物を構えようとした瞬間、突如魔力弾が降り注ぐ。

だが、それを

「甘い」

かわし

「無為」

刀剣で切り裂き

「へっ、しゃらくせえ!」

ルーン魔術で弾き飛ばし

「愚者が!!その様なもの通用するか!」

無数の剣が迎撃する。

「ほう、まだいたか。その様子だと女狐と言ったところだな」

侮蔑の色も露にギルガメッシュが凝視する先にはキャスターと彼女を守る様に一歩手前にたたずむ葛木宗一郎がいた。

「ふん、さすが最弱、雑種の陰に隠れねばまともに戦えぬか」

「な、なんで・・・」

「キャスターあからさまな挑発に乗るな」

激発しかけるキャスターを抑える。

「ぬ・・・魔術師殿まだ来ます」

ハサンの声と共にそれぞれのサーヴァントに抱き抱えられて凛達が到着した。

だが、それを訝しげな声で問う者もいた。

「凛、衛宮士郎はどうした?」

「ふん、そんなのあんたには関係ないでしょ」

綺礼の問いかけに意識して素っ気無く答える凛。

「ふん、大方見捨てて来たのではないのか?見た所奴のサーヴァントであるセイバーを引き連れているようだからな」

ギルガメッシュの嘲りに怒りに満ちたセイバーが一歩前に出る。

「そんな事よりも通らせて貰うわよ」

「そうねここまで近いとはっきりと判るわ。急速に『大聖杯』から魔力が抜け落ちているわ。もう時間が無いわね」

そう言っては見たが、おいそれと通す気は全員無い様だった。

そして四つ巴のにらみ合いはしばし続いた。

聖杯の書十『回答』

涼やかな音を立てて俺とアーチャーの夫婦剣がぶつかり、鍔迫り合いをはじめる。

「くっ・・・創造理念、基本骨子・・・全てが私と同じだと・・・貴様どこで」

「あいにく俺もそれなりに苦労しているんで・・・な!!」

語尾と同時にアーチャーの腹部に蹴りを見舞う。

無論ダメージなどある筈が無い。

だが、その反動で俺達は再び間合いを取る。

「ふん、それは全て『正義の味方』になるためか?」

「最終的にはな」

アーチャーの皮肉にも動じる事無く堂々と宣言する。

「だがな、それも全ては『大聖杯』を破壊して、俺の過去の全てにけじめをつけてからだ。『正義の味方』もユートピアも目指すとすればそれからだ」

「なるほどな・・・だが、それは叶わぬ。ここで私に殺されるのだからな」

「死なないさ・・・そう簡単には」

再び俺達は突っ込む。








(おかしい・・・)

暫くしてアーチャーが抱いた感想がこれだった。

戦闘自体はアーチャー・・・いや、ここでのみエミヤシロウと呼ばせてもらおう・・・の圧倒的優勢で終始遂行されている。

怒涛とも呼べる剣撃の嵐を士郎はただ受け止めているだけ、反撃の素振りすら見せない。

そう・・・あまりにも士郎は反撃をしていない。

反撃の気すらないように・・・

あのバーサーカーと互角以上に打ち合った時に比べればあまりにも・・・無抵抗すぎる。

「貴様、何を企んでいる?」

「別に何も企んでいないさ」

「では何故手を抜く」

「手も抜いていない」

「たわけ、俺の攻撃をただ受けるだけが手を抜いていないと言うのか?」

「目的が違えば戦い方もおのずと異なるさ」

「なに??目的だと?」

「そうさ、お前は俺を殺すのが目的。ならば俺はお前の心をへし折る」

「心を・・・折るだと?」

「そうさ。お前はお前の在り様を持って俺を否定し殺そうとしている様に俺は俺の在り様を持ってお前の心を砕く。それだけさ」

その瞬間シロウの感情が一気に爆発した。

「舐めるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

絶叫・・・と言うより咆哮に近い声で吼え、士郎目掛けて更に激しく剣を打ち込む。

「俺の心を砕く??へし折る??戯けた事を言うな!!!寝言なら死んでから言え!!」

「戯けてなんかいる訳ねえだろうが!!俺の持つ在り様と貴様の持つ在り様!!どちらの在り様がより強固かそれを比べようとしているだけ!!!」

「それが戯けだというのだ!!!俺はずっとこの時を待っていた。そうだ!!ずっとだ!!正義の味方だと!そんなもの存在などしなかった。俺がなったのはただの掃除役だ!!そうさ!俺が貴様が憧れたものそれはただ世界の都合で世界の理屈で不要なもの(人)を排除するだけ!!ただその理想が綺麗だったから憧れた!!それが俺には手に届かないから、ただそれだけで身の程を知らずに目指した。切嗣(親父)が目指していたからがむしゃらに目指した!!!その結末がこれだ!!過程、結末、何もかも知り尽くしている俺と理想と現実の区別も付かずあまつさえ『ユートピア』を目指す??空想とすらも判別できぬ貴様とどちらの在り様が強固か比べる??大概にしておけ!!!」

シロウの剣は打ち込まれる度に荒々しさが増しその様はまるで人体を模した嵐だった。

しかし、そんな猛攻を士郎は弾きかわし逸らし、次々と捌いていく。

「なるほどな・・・確かにお前の言うとおりだろう」

静かに言葉をつなぐ士郎。

「俺も判っているさ。俺が目指そうとしているものの大きさが、その無謀さが。だがな・・・それでも俺の無謀な夢を認めてくれた人(師)がいるから・・・そのあまりにも大きすぎる道を応援してくれる奴(友)がいるから・・・そいつらがいる限り俺は折れない・・・負けない!、挫けない!!ましてや全てを・・・己の道を否定なんか絶対にしない!!!」

初めて士郎の反撃が打ち込まれる。

これを契機に打ち合いと論戦・・・いや、罵り合いは激化の一途を辿る。

「馬鹿が!!今は何とでも言える!!!友?師?そんな者も一時だけだ!!やがては貴様の元から離れていくそして貴様は・・・俺は知るのさ。人の無情を!!非情をな!!そして貴様に聞きたい、貴様は何故『正義の味方』を目指そうと思った?」

「何言ってやがる!!親父からの」

「そうだ!!俺と貴様が破滅の道を歩むきっかけとなったのも全てはあの日の誓いだ!わかるか!!俺とお前始まりは所詮、脅迫観念が始まりだったんだ!!」

「!!!!」

士郎の表情が怒りに染まりあがる。

「てめえ!!!もういっぺん言ってみろ!!!」

「ああ何度でも言ってやる!!!貴様が目指そうとした『正義の味方』の夢!!それはな・・・衛宮切嗣の・・・いや、死に損ないより託された言わばゴミ屑だ!それが死ぬ間際に託されたからたった一人の肉親より託されたからそれを叶え様とした。それを脅迫観念と呼ばずして何と呼べばいいのか言ってみろ!!!」

「ふざけるな!!!あの日の思い出を・・・親父の願いを脅迫観念の一言で片付けられてたまるか!!!」

罵声と鉄と鉄がぶつかり合う音が交差する。

「そんな強迫観念に突き動かされて自身の綻びにも気づかずその挙句自分勝手に破滅する。そこまでならまだ良い!!だがなそんな未熟者は身の程知らずにも世界と契約を結んだ。そして当然のように再度破滅した!!そうだ!!それがこの俺だ!!そんな愚者を再びこの世に放ってたまるか!!」

「・・・」

だが、不意に士郎は静かな表情で尋ねる。

「アーチャー、いや、未来の俺・・・お前に一つ聞きたい」

「何だ?」

「お前・・・どれくらい救ってきた?」

「・・・」

嘲りの表情で・・・おそらく聞いてきた者と己自身に対してだろう・・・冷淡に告げる。

「何を言い出すかと思えば・・・何万・・・いや、何億だろうな数え切れん。どちらにしろそれだけの数を救いそれに匹敵する量の人間を切り捨ててきた。そして」

シロウの言葉を士郎が遮り告げる。

自嘲と羨望の表情で・・・

「なんだ・・・それだけ救えたのか・・・」

「なに??」

「・・・それだけ救えたのにどうして誇らない??」

「なんだと!!貴様、数多くの犠牲の上に成り立ったその結果を誇れだと!!たわごとも」

「だが救えたんだろう?犠牲の上だとしても」

「!!何・・・」

「・・・俺は・・・誰も救えなかった。死都で・・・死徒の手で全てを奪われただの人形と化した人々に死と言う救いを与えることしか出来なかった・・・」

シロウは愕然とした。

地獄の内容ではない。

その様な地獄彼にとっては見慣れたものだった。眉を顰めるに値しない。

そう・・・守護者である『エミヤシロウ』にとっては。

だが、その地獄を見てきたのは目の前の衛宮士郎なのだ。

もし以前の自分がその地獄を見たとき何か出来た事があったか?

いや、無い。

おそらく地獄を目の当たりにしてただ嘆く事しか、あるいは己の力を弁えぬ自己陶酔の解決法しか出来ないだろう。

だが・・・それをこの男はなんと言った?

『死と言う救い』と言っていた。

自分と同じだ。

多数を救う為少数を切り捨てる。

それをこの世界の衛宮士郎は実践したと言うのか?

一見すれば似ている様に見える。

だが、一つだけ・・・だが決定的に違う点が存在した。

「だが・・・それでも俺は目指す!!『正義の味方』を!!ユートピアへの道を!!たとえ俺の人生で見つけられなかったとしても無駄だとしても俺は目指す!!それが俺が奪ってきた命に対するせめての償いだと信じているから!」

シロウの心で何かがひび割れた。

これが二人の『エミヤシロウ』の決定的な違い。

シロウがその罪に負け、夢も理想も磨耗し砕け散ったのに対して士郎はその罪を・・・重みを・・・無謀さをも・・・全てを理解しながらもまだ目指せると言うのか?

「何故だ??・・・何故貴様はそこまで・・・己を追い詰めることが出来る・・・」

シロウの声に力は無い。

それどころかその声には怯えの色が滲み出ていた。

これ以上相対していれば自分の拠り所が全て崩れ落ちてしまいそうな気すらした。

だが、だからと言ってアーチャーのクラスに見合った戦法・・・遠距離よりの宝具射出、あるいは彼が・・・エミヤシロウが・・・辿り着いた唯一の魔術で殺す事など出来ない・・・出来る筈が無い。

彼に敬意を評しているのではない。

それを行えば確かに士郎を殺せるが、それと引き換えに彼は決定的に敗北する。

そう・・・全てに彼は敗北する。

これは予感ではない、明確な確信だ。

「それはお前が一番良くわかっている筈だ」

言葉が出ない。

かすれた声を出すのが精一杯だった。

「な・・・に・・・」

「判っている筈だ。お前は英霊となった英霊となった理由・・・例え己の視線に写る者しか救えなかったとしても救えるのならそれで己自身が救われる、報われると思ったからだろう」

「そうだ!!そうだったさ!だがそれも裏切られた!現界する度に、そこにあったのは最悪の事態だ。人が人の尊厳を貶め汚す!!そして俺はそれを潰し消去する事しか出来なかった」

「それなら俺とて同じ事!!死都と言う最悪の舞台で死徒が死者と化した人間を踏みにじり蹂躙する光景!俺も何度も見てきたさ!!そして俺はそれを潰し殺してきた。俺の全身はお前と同じ様に血に塗れている!!」

「ならば・・・俺の・・・俺達二人の罪は重く償いきれん!!!己の命、己の魂を持って償うのが当然だろう!!」

「違う!!その罪の重さを自覚し己が天命を全うするまで背負い、墓場まで持っていく事こそが真の贖罪!!」

「な・・・その様なことは・・・」

「アーチャー・・・お前ずっと悩んできたんだろう?」

「!!!」

シロウの心すら見透かしたかのように静かな優しい声をかける。

「自分は守る為に守護者として世界と契約したにも関わらず生み出したのは災厄と不幸だけではないのかと・・・だがな・・・お前が守護者となろうとした心・・・それはきっと間違いじゃない筈だ。だからそれだけは誇れよ。お前の方法でも救われた奴がいたのもまた事実なんだから」

その瞬間シロウから力が抜け落ち両手がだらしなく垂れ下がる。

これがこの決闘に決着が付いた瞬間だった。

士郎は己の在り様・・・己の心の強さをもってシロウの在り様を完膚なきまでに叩き潰した。

「・・・」

「・・・」

永遠と錯覚するほどの沈黙が続く。

士郎も何をするでもなくただじっとシロウを見つめる。

痛々しいまでの沈黙は

「だが・・・」

やがて

「この決闘に・・・決着を・・・つけぬ限り私は・・・」

呻く様な声によって終わりを迎えた。

「ああ・・・それはその通りだ。お互い中途半端じゃ先に進めない。俺も・・・お前も・・・けりをつけよう」

視線が交錯する。

やがて静かに頷くと合わせ鏡のように構え合う。

「・・・・・」

「・・・・・」

再び沈黙を持って相対する。

じわり、じわりと距離をつめる。

一歩、二歩・・・三歩・・・四

「「おおおおおおおおおお!!!!」」

双方より裂帛の咆哮と同時に鋼色の煌きが響く。

そして・・・澄んだ音と同時に二本の折れた剣が宙を舞い地面に突き刺さり

「俺の・・・勝ちだ」

「ああ、そして俺の負けだ」

勝者は敗者に剣を突き立て、敗者はその剣をただ凝視していた。







「愚かな・・・いや無様なものよ。かつての・・・それも最も愚かと思っていた自分に道を諭されるとはな・・・」

皮肉げに笑い・・・いや、あれは自嘲の類だろう・・・それを浮かべながらアーチャーがそう評する。

剣を折られ・・・いや正確には俺に論破されもはや俺を襲う気は無いようだった。

「けりは付いた・・・これで俺も先に進める」

「どのような困難に立とうとも折れず負けず挫けずか・・・面白い。ならば見せてみろ。この世界での衛宮士郎が私を超えて真実の『正義の味方』となるのを」

「ああ、言われずとも見せてやるさ」

そして俺は歩き出す。

だが向かうのは柳洞寺ではなく

「??衛宮士郎そちらは教会だぞ」

「ああ判っている。一つやり損ねた事があった」

「・・・ああなるほどな」

あいつも悟った様だった。







教会地下聖堂。

その奥にある一角。

そこは教会とは程遠い地獄があった。

規則正しく並ぶ棺、そしてそこに納まるのは、かつて人体であったモノ達。

眼球をなくした虚ろな空洞の如き眼窩が俺を捉える。

指をなくしまるで枯れ枝のような腕がかすかに動く。

すでに声帯を朽ち果てさせた口の形をした空洞から吹き抜けの風の様な呼吸音が漏れる。

(ココハドコ)

(イタイヨ)

(ドウシテ)

(カエリタイ)

(カエシテ)

(カエシテヨ)

(ネエ)

(ナンデ?)

(ドウシテナノ?)

(ドウシテキミダケガソコイルノ????)

声なき声が俺の四方八方から責め立て訴える。

それを耳塞ぐ事無く受け入れる。

俺がここの事を察したのは先程・・・正確には教会で言峰がランサーと前アーチャー、ギルガメッシュを従えていると聞いた時だった。

いくらマスターとして卓越していたとしてもサーヴァントを二体従えるなど大量の魔力が必要とするもの。

凛に桜でも一体が限界だろう。

ましてや、言峰の魔力量から見てやはり一体でせいぜいと言った所。

それを二体万全の状態で使役し更には前回聖杯戦争の十一年前から前回のアーチャー、ギルガメッシュを極秘裏に従えていた。

それだけの魔力量一体どこから調達していたのか。

そこまで疑問に思った瞬間俺の脳裏に俺と同じくあの大火災で家族を失った孤児達が思い浮かんだ。

何故か判らないが背筋が凍った。

どうしてか判らないが教会を解析した。

何でか知らないが外れてくれと祈った。

いや、俺は判っていた。

最悪の結末を。

そしてそれは完膚なきまでに正しき事が証明された。

奴は・・・言峰は俺の除く孤児達を使ってギルガメッシュ現界の為の魔力を調達・・・いや略奪していた。

それこそ身体が朽ち果てようとも、心が崩壊しようと関係なく。

「・・・俺にはお前達を救えない」

知らず知らずの内に涙がこぼれる。

惨禍を見ながら知りながら何も出来ない自分が憎らしい。

だが、俺には彼らを救える力も資格もない。

同じ孤児でありながら新しい家族を得た俺には・・・

俺には責め苦を受ける資格がある。

だが、そんな俺にも出来る事がある。

「だが・・・俺はお前達を忘れない・・・決して・・・」

一つは忘れない事・・・その惨劇を眼に焼き付けよう。

彼らの声なき声を刻みつけよう。

決して忘れまい、この日の事を。

それが俺に出来るただ一つの鎮魂歌。

そして・・・

「もう一つが・・・これ・・・投影開始(トーレス・オン)」

呼び出したヴァジュラを一つづつ棺に納めていく。

全てを終えると俺はドアを閉め更に手当たり次第にバリケードを積み上げていく。

「今・・・楽にしてやる」

そのまま俺は螺旋階段を上がり地下から出ると静かに彼らの命脈を

「壊れた(ブロークン)・・・」

絶った。

「幻想(ファンタズム)」

その瞬間かすかな地響きとわずかに聞こえる轟音が全ての終焉を告げる。

「お前達に対して・・・俺が行った罪は永久に背負おう・・・」

さあ・・・行こう。

ここより先は俺の仕事。

もう二度とこのような悲劇を繰り返さない為に・・・







「・・・済んだか?」

教会にはアーチャーがいた。

「物好きだな。こんな所にいるとは・・・俺よりも凛の方に行ったらどうだ?」

「ふっ心配はいらん。凛にはセイバーがいる。今頃は再契約を果たしているだろう」

「そうか・・・なら安心だな。セイバーも俺よりも良いマスターを得られて良かった・・・」

「少々・・・いや、かなりかドジを踏むが」

「凛はあれでいいのさ」

「そうだな、それに関しては私も同意見だ」

そう・・・遠坂凛はあれで良い。

優秀な魔術師で現実屋なのに情に甘く、ここぞと言う時にポカをやらかす凛のままで・・・

「さて・・・行くか・・・」

「そうか、では私は一足先に向かわせてもらう」

「そうだな・・・」

アーチャーの提案を俺は問い質す事無く賛同する。

俺には、つい先程まで真剣を手にして殺し合いをやらかした奴と肩を並べて歩く趣味は無い。

そしてそれは奴とて同じ様だった。

「では先に行っている。途中で野たれ死ぬなよ。それではせっかく貴様を見逃した甲斐がない」

「ほざいてろ」

憎まれ口を叩き合いながら俺達は別れた。

目的地は同じ旅路だが。

そう・・・目的地は柳洞寺地下『大聖杯』。







俺が柳洞時に到着したのはそれから一時間後、すでに一時間半が経過している。

柳洞時には人の気配は無い。

おそらくキャスターが全員を避難ないし追い出したのだろう。

そして周辺に漂う濃密な魔力。

ここで戦闘が行われたのは明白だった。

「魔力の残量からして戦闘が行われていたのは長くて四十分そこそこと言った所か・・・」

ならそう進んでいない筈。

先を急いだ方が良さそうだ。

そう判断を下し俺は石段から雑木林に入る。

ここから裏手に回り『大聖杯』の道に向かう。

だが、ここに俺は不思議な違和感を感じた。

「サーヴァントの気配がなさ過ぎる・・・」

入り口の石段ではあれほど派手にやりあったにも関わらずだ。

「いや・・・不思議でもないか・・・ここの結界はサーヴァントの能力を低下させる。その為に戦闘を躊躇ったのだろう・・・」

そう呟きながらやがて岩壁に偽装された大空洞への入り口に辿り着く。

「よし・・・」

降りようとした時、あたりに漂う血の臭いに気づいた。

眼を凝らせば誰かが入り口に倒れているのを見つけた。

「!!・・・一体・・・」

暗がりで誰かまではよくわからない。

ただ、体格から見て倒れているのは男。

少なくても凛に桜でない事に不謹慎であるが安堵して近寄ったが、ようやく誰かが認識できた瞬間俺は我を忘れた。

「慎二!!」

そう・・・そこに倒れていたのは慎二だった。

「慎二!!しっかりしろ!!慎二!!!」

抱き起こして必死に声をかけるが俺は内心では冷徹に判断を下していた。

もう助からないと・・・

慎二が受けた傷は二つ、胸部と腹部に風穴が開いている。

特に胸部の傷はおそらく肺を片方貫通し心臓にも傷を与えている。

腹部の傷からも引き千切れた腸がだらしなくはみ出している。

「あ・・・ああ・・・え、衛宮か・・・」

「慎二!!どうした!!何があった!」

俺の問いかけに力なく笑い言葉をつなぐ慎二。

「は・・・はははは・・・え、衛・・・み・・・や・・・気を・・・付けろ・・・」

「気をつけろ?何にだ?」

「こ、ここ・・・には・・・得体・・・の・・・・・・しれ・・・・ない・・・何か・・・がいる・・・げぼっ!!」

大量の血を吐き出す。

「得体の知れない何か?そいつにやられたのか?」

「ははは・・・も、もう・・・お爺様も・・・ハ・・・サ・・・ンも・・・小次郎も・・・やられたよ・・・」

何だと?

間桐臓硯にアサシンが二人揃って??

「おい!!どう言う事だ?一体何があった??」

「は、はははは・・・今・・・な・・・ら・・・遠坂・・・達・・・は・・・無事だ・・・と・・・思う・・・から・・・・・・それ・・・にしても・・・ついていないな・・・衛・・・宮・・・聞いて・・・くれ・・・ないかな・・・僕の・・・愚痴を・・・」

「ああ!!聞いてやる!!傷が治ったらいくらでも!!だからもう喋るな!!」

「ああ・・・すま・・・ない・・・僕・・・には・・・生まれた・・・時魔術回路・・・はなかった・・・だか・・・らさ・・・うらやま・・・しかった・・・僕になくて・・・それ・・・をもって・・・いる遠坂達が・・・だから・・・突然・・・蘇った時・・・は・・・嬉しかった・・・これで僕は対等なんだって・・・で、でも・・・非情だった・・・結局・・・ぼ、く・・・は・・・お爺・・・さまのあ・・・やつり人形・・・でしかなかった・・・つら・・・かったよ・・・で、でも・・・これで・・・楽に・・・なれる・・・間桐慎二として・・・死ねる・・・」

そう最期に皮肉げに笑い慎二は事切れた。

「・・・」

感情が爆発しそうだ。

それでも自身を総動員で押さえ込むと慎二をまず草むらに寝かせる。

と、そこに慎二の胸の傷から何か蟲が這い出してきた。

その外見からして異形と判る奇怪な蟲が・・・

その時俺は慎二の言葉を思い出した。

間桐臓硯の人形として・・・

もしそれが比喩でなく正真正銘そのままの意味だとするならば・・・そしてその役目をこの蟲が担っていたとするならば・・・

その瞬間俺は理性でなく感情を優先させた。

無慈悲に蟲を踏み潰した。

靴越しに潰れるいやな感触が脳髄に不快感を送り込む。

それが更に俺の逆鱗に触れ左右に踏み躙る。

やがてその感触も消えうせ足を上げれば異臭のする液体とぼろぼろに引き千切られた外皮が地面と靴裏にこびりついているだけだった。

直接行動を取ったのかようやく感情が落ち着く。

慎二の死なら後でいくらでも悼めば良い。

だが、今行うことはそれではない。

俺はグローブを脱ぐ。

「同調開始(トーレス・オン)」

自身の肉体を強化し俺はこの瞬間『衛宮士郎』から『錬剣師』に変貌を遂げる。

そして手には狭い洞窟を想定して投影した夫婦剣を持つと改めて空洞に入り込む。

中に入ればあたりから魔力の残りが漂っている。

一体ここで何があったと言うのだろうか?

だが、俺に感傷に浸る余裕はない。

すぐに周囲に潜む殺気を探り当てる。

(背後から)

気配だけで悟ると最低限の動きでかわし『干将』で切り落とす。

それは黒い・・・あまりにも黒い手だった。

五本指に鉤爪の付いた。

これが慎二を殺した犯人の凶器と言った所か・・・

だが、何か腑に落ちない。

念の為解析してみる。

直ぐにその違和感が判った。

「な・・・に??」

その正体は

「影・・・だと?」

その言葉と同時に影の手は萎み現実感を失いただの影となる。

つまり、あれは影に魔力を詰め込み、実態を持たせた代物だと言うことか?

同じ影使いである桜にも使えるかもしれない。

だが、影を実体化するなどどれほどの魔力を必要とするのか?

そしてこの空洞に存在する殺気はどう見積もっても千は超える。

しかも元は影であるからどこからでも奇襲を仕掛けられる。

「ちっ!!なんなんだ!!」

罵声を上げると同時に走り出す。

こんな物が大挙して襲い掛かってきたらいくらサーヴァントでもひとたまりもない。

俺に反応して前後左右上下から雨霰と触手が襲い掛かる。

それを立て続けに叩き切り先を急ぐ。

すると、前方に・・・あの触手に半包囲されたキャスターと葛木先生を見つけた。

何の迷いもない。

俺は手にした夫婦剣を投擲する。

正真正銘生き残りをかけた死闘の開幕だった。

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